2006年9月27日

米澤穂信 / さよなら妖精

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米澤穂信さんの「さよなら妖精」を読み終わりました。
舞台は1991年、雨宿りをしていた少女マーヤとの偶然の出会いからはじまった、新しい世界。

マーヤの口癖である「哲学的意味がありますか?」は、なかなか的を射た疑問を投げかけてきます。
遠くユーゴスラヴィアからやってきたマーヤとの交流を通して日本の姿を見て、日本文化における日常的な疑問点について考えさせられます。

マーヤの故郷であるユーゴスラヴィアという国家について知っていくうちに守屋に芽生える微かな欲求。
そして唐突に訪れたユーゴスラヴィアの崩壊と、その故郷へ帰っていったマーヤの安否について考えをめぐらせる……。

ミステリとしては全体的に弱いけれど、普段は見過ごしがちな日常的な文化と思春期の高校生の「何かをどうにかしたい」という思いを見事に描いた作品です。

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2006年9月12日

杉浦日向子 / 江戸アルキ帖

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杉浦日向子さんの「江戸アルキ帖」を読み終わりました。
この本は、日向子さんが週末にタイムマシンにのって江戸へ行き、その風景を日記のようにつけたものです。
銭湯へ行ったり、猪牙に乗ったり、はたまた路地裏の子供に目を留めたりと、ころころと変わる日向子さんの視線がとても面白くて、こちらも日向子さんに同行して江戸の街を歩いたような気持ちになります。

今の東京には江戸の面影はあまり残っていないのですが、ほんの少し想像力を広げてみれば、まだまだ手の届くところにもあるような気がします。

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2006年8月27日

土肥志穂 / 人はなぜツール・ド・フランスに魅せられるのか

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土肥志穂さんの「人はなぜツール・ド・フランスに魅せられるのか」を読み終わりました。

オリンピック、サッカーワールドカップとならんで世界三大スポーツにも数えられる「ツール・ド・フランス」ですが、残念ながら日本ではかなりマイナーな部類に入ってしまいます。
そんなツール・ド・フランスを追いかけて、現地からでしかわからないような様々なニュースを私達に届けてくれている志穂さんのツールにまつわるエッセイ集です。

ページの端々から志穂さんのツールへの愛情が感じられ、それでいて押し付けがましくない文章に、とても好感が持てました。
さすがにツールを追いかけているだけあって、エース級の選手ばかりに注目するのではなく、アシストや裏方の働きについてのことも書かれているのがこの本のいいところです。

もうすでにツール・ド・フランスをはじめロードレースを見ている人はもちろん、まだロードレースを知らない人にとってロードレースのことを知る手がかりにもなる、おすすめの一冊です。

投稿者 utsuho : 22:17 コメント (0) トラックバック (0) | ロードレース,読書

2006年8月22日

池波正太郎 / 梅安料理ごよみ

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池波正太郎さんの作品といえば、その話の面白さはもちろんのこと、話の中に出てくる美味しそうな料理の描写に定評があります。
現在では温室栽培などでスーパーに行けばどんな野菜も一年中手に入れることができますが、江戸時代では野菜にも魚にも旬というものがありました。
だからこそ、旬の野菜は本当に美味しいものだったろうし、その季節感をあらわすために池波さんは料理のことを細かく描写したのだと思います。

この本は「仕掛人・藤枝梅安」シリーズから、そうした季節感をあらわした料理の出てくるシーンを抜き出し、それぞれの料理について、佐藤隆介さん、筒井ガンコ堂さんが解説をいれるというもので、本編ではさらりとしか触れられていない料理について、いろいろと薀蓄が語られています。

「仕掛人・藤枝梅安」シリーズは内容が重いので読むのに気合がいりますが、この本は気が向いた時に軽くめくって美味しそうな料理のシーンを楽しむことができるので気に入っています。
もちろん、本編の楽しみ方とは外れてしまいますけどね(笑)

 藤枝梅安が、台所の小杉十五郎へ、
「小杉さん。こっちへおいでなさい。まだ明るいが、いっぱいやりましょう。ちょうど、いい肴が入ったことだし……」
「いま、まいる」
 と、台所で十五郎がこたえる。
 彦次郎が鰹の入った桶を抱えて立ちあがり、
「梅安さん、まず、刺身にしようね?」
「むろんだ」
「それから夜になって、鰹の肩の肉を掻き取り、細かにして、鰹飯にしよう」
「それはいいなあ。よく湯がいて、よく冷まして、布巾に包んで、ていねいに揉みほぐさなくてはいけない」
「わかっているとも」
「薬味は葱だ」
「飯へかける汁は濃目がいいね」
「ことに仕掛がすんだ後には、ね。ふ、ふふ……」
(池波正太郎「梅安料理ごよみ」より)

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2006年8月16日

杉浦日向子 / もっとソバ屋で憩う―きっと満足123店

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日々時間に追われる生活をしているからこそ、気持ちを休めるための憩いが大切になります。
かといって、旅行などでは予定を詰め込んだりと、かえって疲れる結果になることもあります。
この本で杉浦日向子さんが薦めているのは、大人の憩い場としての「ソバ屋」。
杉浦さんとソ連(ソバ好き連)がそれぞれの視点から、ソバ屋での憩いを書いています。

お酒の呑めない私は、残念ながらソバ屋でお酒をちびちびとやりながら、午後の遅い時間をゆったりと過ごすようなことはできませんが、それでも杉浦さんやソ連の皆さんの、艶のある紹介文にはつい引き込まれます。
この本に載っている店はもちろん、それ以外のソバ屋にも憩いはあります。
ソバ好き、ソバ屋好きなら、この本を手にとって、そのままソバ屋に行きたくなる一冊です。

 仲良しどうしでいったら、かけまたは天ぷらそばを、一碗まわし食べつつ、つまみとして呑むのもいい。並木のかけ汁で呑む菊正は格別。あつあつのを半分ばかし食いちらかし、おもむろに酒を追加。残り半分は、しばしほったらかしにして、さしつさされつ。さめやらぬころあいをはかって、つゆをたっぷり吸いこんで、グラマラスにふやけた天ぷら(芝エビのかき揚げ)と麺が、丼中にほぐれていくのを、碗のふちにやさしく接吻するようにして、口にふくむ。昼下がりの情事。最高にエロチックな、禁断の桃源郷。
 ようこそ。ソバ好き連へ。おとなになって、良かったね。
(杉浦日向子とソ連「もっとソバ屋で憩う―きっと満足123店」より)

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2006年8月 7日

小野不由美 / 屍鬼 1~5

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毎日暑い日が続きます。
こういうときには、ホラーでも読んで身も心も涼しくなってみるというのはどうでしょうか。

外部より隔絶された「外場村」で連続して起こる、原因不明の伝染病。
そして村に伝わる「起き上がり」の伝承。
徐々に浮かび上がる、「屍鬼」の存在……。

屍鬼に対してゆらぐ静信の心と、敏夫の信じる正義が好対照となって物語が展開されます。
最初は物語がほとんど動かず、読んでいてじれったいほどですが、これが中盤から終盤にかけて坂道を転がるように加速度をつけて話が流れていきます。
この「序・破・急」の展開があまりに見事で、読み進む手も自然と速まります。

人の姿をして忍び寄る屍鬼も恐ろしく、また、それと同じくらいに生きている人の心が恐ろしい。
日本古来の伝承と吸血鬼物語を組み合わせた、小野不由美さんならではのホラーの傑作です。

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2006年7月26日

三雲岳斗 / 海底密室

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深海4000メートルにある実験施設「バブル」で発生した研究員の自殺。
そして、「バブル」の取材に訪れた雑誌記者の前で、さらに2人の研究員が死亡する。
一見すると密室での事故であるが、その一言では片付けられない違和感の残る状況……。

この作品は近未来を舞台にした、SFミステリです。
前作の「M.G.H」とは時系列を同じくするものの、「M.G.H」よりは数十年も前の話となっていて、前作の世界では一般的となっていたアプリカントも、今回は実験バージョンのみの登場となっています。

三雲さんの作品を読むのはこれで2作目ですが、文章に安定感があっていいですね。
状況の説明や話の展開もスムーズで、自然に引き込まれました。
「バブル」という特殊な場所での生活環境や人間関係というのも、なかなか興味ありますね。

ただ、ちょっとトリックが強引だった点が心に引っかかりました。
詳しくは言いませんが、理論上はそうなるとわかっている物理現象であっても、馴染みの薄いものをトリックとして使われると、少々現実味が薄れますね。
その点では、冒頭のクロストーク現象なんかは、身近な現象でなかなかいいところをついていたと思うのですが、このエピソードがあまり効果的に使われなかったのが残念です。

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2006年7月 9日

三雲岳斗 / M.G.H. 楽園の鏡像

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日本初の多目的宇宙ステーション「白鳳」で起きた、不可解な墜落死。
はたしてこれは事故なのか、それとも殺人なのか……。

宇宙ステーションが建造され民間人でも(非常に高額ではあるけれど)宿泊できるような近未来。ここで起きた、一見すると不可解な事件が意味するものは……?

やや、設定に強引なところや甘いところはみられるものの、全体的にバランスよく組み立てられていて、最後まで楽しめました。物語の伏線やSFの設定なども効果的に作られていて、読者を自然と引き込ませてくれる作品です。

投稿者 utsuho : 18:17 コメント (0) トラックバック (0) | 読書

2006年6月 7日

山下景子 / 美人の日本語

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日本語というのは、なんと色気のある言葉なんでしょう。
もちろん他の国の言葉にもいいところはたくさんあると思いますが、私はこの国に産まれてこの国の言葉を母語とできるのは、とても恵まれていることだと思います。
この本は、そんな艶のある言葉をあつめて、1年分366日に当てはめたものです。

「四月朔日」「満天星」「露華」「恋染紅葉」……。
ぱらぱらとページをめくるごとに、雰囲気豊かな言葉が次々と出てきて、中には初めて聞く言葉などもあって、私達の国の言葉の美しさを再発見させてくれる一冊です。

この本は「everything is ephemeral but...」のきゅうさんの記事を読んで興味を持ちました。
もしよろしければそちらもご覧下さい。

日本語を楽しむ本ということで、もう一冊。
わかつきめぐみさんの「言の葉遊学」です。

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辞典から引っ張ってきた言葉について、いろいろととりとめもなくお話をつづった本です。
「遊学(あそびがく)」というだけあって、こちらも日本語の楽しさが伝わってくる一冊です。

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2006年6月 1日

米澤穂信 / 夏季限定トロピカルパフェ事件

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「この街の、お菓子屋さんの場所を記した地図だね」
 小佐内さんは一度小さくこくりと頷き、それから小刻みに首を横に振った。
「そうだけど、そうじゃないの」
「と言うと」
「これはね」
 秘密を告げるように、真剣なまなざしで、
「わたしの、この夏の運命を左右する……」
「運命……」
「<小佐内スイーツセレクション・夏>」
 ぼくはゆっくりと玄関のドアを閉めた。
(米澤穂信「夏季限定トロピカルパフェ事件」より)

小市民を目指す小佐内さんと小鳩君の高校2年の夏休み。
前作「春季限定いちごタルト事件」の続編です。

今回もいくつかの短編から構成されて全体としてひとつの物語を形成していますが、前作よりも長編としての展開が色濃くなっています。

小佐内さんから小鳩君に手渡された<小佐内スイーツ・セレクション・夏>を中心にして、大小さまざまな事件があり、また、小佐内さんと一緒にスイーツ巡りをしているうちに、小佐内さんの思惑に巻き込まれていく小鳩君。
そして、最後に<セシリア>の夏季限定トロピカルパフェを前にしてなされる、甘味とは相容れない二人の会話。

最初から最後まで、見事な話の展開で、とても楽しめました。
今後の二人の関係はどうなってしまうのか、続きがとても気になります。

この本は「コンパス・ローズ」の雪芽さんの記事を読んで、興味を持ちました。
もしよろしければそちらもご覧下さい。

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