2006年6月 1日

米澤穂信 / 夏季限定トロピカルパフェ事件

[Amazon]
[bk1]
「この街の、お菓子屋さんの場所を記した地図だね」
 小佐内さんは一度小さくこくりと頷き、それから小刻みに首を横に振った。
「そうだけど、そうじゃないの」
「と言うと」
「これはね」
 秘密を告げるように、真剣なまなざしで、
「わたしの、この夏の運命を左右する……」
「運命……」
「<小佐内スイーツセレクション・夏>」
 ぼくはゆっくりと玄関のドアを閉めた。
(米澤穂信「夏季限定トロピカルパフェ事件」より)

小市民を目指す小佐内さんと小鳩君の高校2年の夏休み。
前作「春季限定いちごタルト事件」の続編です。

今回もいくつかの短編から構成されて全体としてひとつの物語を形成していますが、前作よりも長編としての展開が色濃くなっています。

小佐内さんから小鳩君に手渡された<小佐内スイーツ・セレクション・夏>を中心にして、大小さまざまな事件があり、また、小佐内さんと一緒にスイーツ巡りをしているうちに、小佐内さんの思惑に巻き込まれていく小鳩君。
そして、最後に<セシリア>の夏季限定トロピカルパフェを前にしてなされる、甘味とは相容れない二人の会話。

最初から最後まで、見事な話の展開で、とても楽しめました。
今後の二人の関係はどうなってしまうのか、続きがとても気になります。

この本は「コンパス・ローズ」の雪芽さんの記事を読んで、興味を持ちました。
もしよろしければそちらもご覧下さい。

投稿者 utsuho : 00:01 コメント (2) トラックバック (1) | 読書

2006年5月18日

米澤穂信 / 春季限定いちごタルト事件

[Amazon]
[bk1]
「ううん、メールの内容じゃなくって。『あなただけに』で思い出したの」
「なにを……?」
 恐る恐る訊く。すると小佐内さんは、にっこり笑顔を浮かべた。
「あのね、<アリス>の春季限定いちごタルト。きょうまでなの」
「へえ」
「小鳩くん、一緒に行ってくれる?」
 誘っていただけるとは光栄だけれど、理由がわかりすぎるほどよくわかる。聞けば悲しくなると知っているのに、ぼくは訊いてしまった。
「つまり、そのタルト、御一人様一個限定なんだね」
 妙に明るく、小佐内さんはうんと答えた。
(米澤穂信「春季限定いちごタルト事件」より)

高校一年生になったばかりの小鳩君と小佐内さんは、恋愛関係でも依存関係でもなく、互恵関係にある二人。
この小市民を目指して日々をつましく送ろうとしている二人が、ミステリーというには他愛のない、いくつかの日常的な出来事に関わっていくことで、全体として長編の形をとっています。

春季限定いちごタルトへの小佐内さんのこだわりや、「おいしいココアの作り方」での会話シーンなど、呼んでいて自然と微笑みも漏れます。

小鳩君や小佐内さんがそこまで「小市民」にこだわる理由や、小鳩君の推理など、説得力が弱いところもところどころにありますが、難しいことは考えずに気楽に楽しめる一冊です。

この本は「コンパス・ローズ」の雪芽さんの記事を読んで、興味を持ちました。
もしよろしければそちらもご覧下さい。

投稿者 utsuho : 00:54 コメント (4) トラックバック (1) | 読書

2006年5月 9日

伊藤盡 / 『指輪物語』エルフ語を読む

[Amazon]
[bk1]
この作品は、「エレン・スィーラ・ルーメン・オメンティエルモ」という挨拶が普通に交わされる状況を作り上げようと勤めたまでのものだし、そのような努力はこの作品よりもずっと以前からのものなのだ。
(伊藤盡「『指輪物語』エルフ語を読む」より)

トールキンの言葉を引用した上の文は、まさに指輪物語におけるエルフ語の位置についてよくあらわしていて、指輪物語におけるエルフ語が他の創作言語と一線を画している点だと思います。
指輪物語をはじめとした中つ国の世界は、まずエルフ語ありきで構成されているということでしょう。

この本は、指輪物語に出てくるエルフ語の内、クェンヤとシンダリンについての入門書です。
エルフ語のなりたちから、文法、日常会話における表現まで、総合的に学べる一冊です。
それも、実際に物語の中で使われた言葉に対する解説にとどまらず、そこからさらに発展させた使い方まで書かれているので、楽しみながらエルフ語を学ぶことができます。

巻末には簡単なエルフ語辞典もついているので、この本を片手にエルフ語の文章を綴ってみるのも面白そうです。

投稿者 utsuho : 22:07 コメント (2) トラックバック (0) | 読書

2006年4月18日

ロバート・A・ハインライン / 月は無慈悲な夜の女王

[Amazon]
[bk1]

地球の流刑植民地だった月では、住民は月世界行政府のもとで奴隷的な搾取に苦しんでいた。
月世界が行政府とその背後にいる地球から独立しようと動き出した。
マヌエル、ワイオ、デ・ラパスと、知性を持ったコンピュータであるマイクの「4人」は、いかにして月世界をまとめ、地球に対抗していくのか……。

言わずと知れた、SFの大作です。

独特な月世界の文化、刻々と変化していく月と地球の情勢、デ・ラパス教授とマイクの戦略戦術、日々成長を続けて人間性を身につけていくマイク、いたるところにちりばめられたテンポのいい会話。
そのどれもに引き込まれ、そのテーマの重さとは裏腹に、ついページをめくる手もはやくなります。

また、この作品にはさまざまな面白い言葉が使われていることも欠かせません。
SF好きには有名な格言「無料の昼食などない(タンスターフル)」など、会話の中に織り込まれる言葉の数々には、時には笑いを誘われ、またいろいろと感心させられます。

投稿者 utsuho : 21:54 コメント (0) トラックバック (0) | 読書

2006年4月 3日

茅田砂胡 / デルフィニア戦記外伝 大鷲の誓い

[Amazon]
[bk1]

「デルフィニア戦記外伝 大鷲の誓い」を読み終わりました。
久しぶりに手にとる「デルフィニア戦記」は、本当に懐かしい気がします。

表紙からも察せられるとおり、ナシアスとバルロの出会いから、お互いを信頼し友情を交わすようになるまでの話。
本編での口の悪いバルロはまだ影も形もなく、あまりいいところはありませんでしたね。

あとは、エピローグとして本編の後日談が載っていました。
明らかに蛇足ではあるけれど、懐かしい面々の会話が楽しめたので、これはこれでいいのかなあ。

投稿者 utsuho : 20:46 コメント (0) トラックバック (0) | 読書

2006年3月 3日

奈須きのこ / 空の境界(上・下)

[Amazon]
[bk1]
[Amazon]
[bk1]

人として生きるときに関わってくる様々な境界。
そうした境界とその接点を巡って、いろいろな方向からの視点をもって、この物語は流れていきます。

また、世界各地の怪異についてうまく消化して、物語の世界を作り上げています。
私達の住む世界を形作る境界から一歩踏み出したところには、本当にこのような世界があるのではないかと思わせる、絶妙な位置を持っています。

物語として広げた世界を、ややまとめきれていないな部分は感じますが、奈須さんの自然な言葉使いと魅力的な登場人物たちはそれを補って余りあります。
読んでいるうちに自然と世界の中に入りこめる物語です。

投稿者 utsuho : 00:01 コメント (2) トラックバック (0) | 読書

2006年1月 8日

キム・ニューマン / ドラキュラ紀元

ヴァン・ヘルシングを破ったドラキュラ伯爵はヴィクトリア女王と結婚し英国全土を掌握。
その治世下のロンドンで、吸血鬼の娼婦ばかりが惨殺される事件が起こる……。

事件を追いかけるのは諜報員のボウルガードと、吸血鬼の美少女ジュヌヴィエーヴ。

この作品には、非常に多くの人物が登場します。しかも、実在・架空を問わず。
何せ、巻末に登場人物事典がついてくるほどです。
虚実の境界線をロンドンの濃い霧の中に隠してしまったような、そんな感覚にとらわれました。

歴史好きの人も、文学好きの人も、思わず口元を緩めてしまうようなシーンが随所に織り込まれています。
もちろん、この世界に詳しくなくても充分に楽しめます。
アクションシーンなど、翻訳小説とは思えないほどの臨場感でした。

重厚かつ繊細。
ありとあらゆるものを取り込んで、それでいて独自の物語として織り上げてしまう作者の力量には感嘆しました。

投稿者 utsuho : 11:27 コメント (0) トラックバック (0) | 読書

2006年1月 4日

岩里祐穂 / いいかげんに片づけて美しく暮らす

[Amazon]
[bk1]


坂本真綾さんの曲に、多くの歌詞を提供している岩里祐穂さん。
そんな岩里さんの本を見かけたので、つい手にとってみました。

家の片付けを通して語られる岩里さんの言葉には、なかなか興味深いものがありますね。
岩里さんの作る歌詞のように、素直な感性と飾らない言葉の数々。

収納の写真なども載っているのですが、インテリアや収納よりもむしろ、心の片付けに役立つ本です。

「とりあえず、休みましょうか。」
「とりあえず、お茶にしましょうか。」
寒さのなかで差しだされる甘酒みたいに、
山登りの途中の休憩所みたいに、
「とりあえず」は、
甘くて、ちょっと自堕落で、なぐさめにあふれている。

とりあえず、グチを聞いてくれる友だちとか、
とりあえず、旨いものを食べさせてくれる近所の定食屋さんとか、
そんなふうに助けられて、
みんなどうにか、愉しく暮らしているのだ。
(岩里祐穂「いいかげんに片づけて美しく暮らす」より)

投稿者 utsuho : 21:46 コメント (0) トラックバック (0) | 読書

2005年11月20日

荻原規子 / 薄紅天女

[Amazon]
[bk1]

「薄紅天女」のノベルス版が発売されました。

人の世に残された最後の勾玉「明玉」をめぐる、闇の末裔と輝の皇女の物語。
神の力が失われた世界を舞台としているため、前の二作品ほどの派手さはありませんが、その分物語の細やかな展開が楽しめる作品だと思います。
もちろん、今回も魅力的な登場人物は健在です。

「勾玉三部作」堂々の完結編です。

前を行く阿高の背中に向かって、苑上は訴えた。
「おなかが空いた。足が痛い」
阿高はふりむきもしなかった。
「それしかいえないのか、おまえは」
「それしか頭に浮かんでこないもの」
「別のことを考えてみろよ」
苑上は少し考え、言葉をあらためた。
「疲れた。のどが渇いた」
(荻原規子「薄紅天女」より)

投稿者 utsuho : 22:06 コメント (2) トラックバック (1) | 読書

2005年10月22日

荻原規子 / 白鳥異伝(上・下)

荻原規子さんの勾玉三部作の二作目、「白鳥異伝」のノベルス版が発売されました。
前作「空色勾玉」から時代は下り、今度はヤマトタケルの伝承が元になっています。

神の時代から人の時代へと移っていく中での、「剣」と「玉の御統」をめぐる物語。

この作品によって、荻原さんの描く世界が一気に広がったように思えます。
勾玉三部作の中でも一番気に入っている物語です。

投稿者 utsuho : 21:12 コメント (0) トラックバック (1) | 読書