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2006年11月28日

北森鴻 / 狐罠

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北森鴻さんの「狐罠」を読み終わりました。

真作贋作の入り乱れる骨董の世界。頼れるのは己の目利きと感性のみ。
そんな世界で、特定の店舗を持たずに活動する骨董業者≪旗師・冬狐堂≫こと宇佐見陶子。
その陶子に「目利き殺し」を仕掛けて贋作をつかませた橘薫堂。
プライドの高い陶子は橘薫堂への意趣返しを決意する……。

骨董の世界や贋作の手口など内容がとても濃密で、一気に読んでしまいました。

陶子や橘薫堂はもちろんのこと、潮見老人や練馬署の犬猿コンビと、出てくる人物がいずれ劣らぬ曲者ぞろい。
騙すことすら美徳とされ魑魅魍魎が跋扈する骨董の世界で、互いに罠を仕掛けて化かしあう。
頭脳戦の醍醐味が凝縮された一冊です。

ただひとつ残念な点があるとすれば、物語の中で並行して起こる殺人事件が蛇足に感じられる点でしょうか。
これだけ濃密な虚々実々の駆け引きがあるのだから、そこに焦点を絞った方が楽しかったような気がします。

 袱紗ごと両手にとって捧げ持ち、リビングの窓から差す日の光にかざした。
 期待に荒くなっていた息が、とまった。
 頬が激しく緊張し、すぐに血の気を失った。明らかに失望とわかる影が、目の下に揺れた。
 あらゆる角度から器を眺めてみる。網膜に集中するあらゆる神経を駆使して、光と影のコントラストから器の「顔」を特定しようとする。
 爪を短く刈り詰めた人差し指の腹を、丁寧にウエットティッシュで拭い、皮脂を落として素地を撫でる。同じように唇を拭ってリップクリームを完全に落し、下唇で切子のエンボスの一つ一つをまさぐる。そこに付けられた工作のあとから、製作者の人格まで読み取ろうとする。唇の触覚と共に、ごくごく微量の薬品の匂いを陶子の鼻は嗅ぎ分けた。
「やっぱり」
 女性とは思えない低い声で、うなるようにつぶやいた。
「ヤ・ラ・レ・タ」
(北森鴻「狐罠」より)

投稿者 utsuho : 2006年11月28日 00:21 | 読書

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